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生徒の皆さんへのメッセージリレー(5/28更新_綾部先生より)

あしたのために その20「ひとこと」5/28

綾部朱夏(数学科・情報科)

 在校生の皆様、お変わりなくお過ごしのことと思います。長い休校期間も出口が見えてきました。コロナウィルスが消滅したわけではありませんが、いろいろな活動が再開します。この三か月、「これからどうなってしまうのか」と考えなかった人はいないでしょう。何事もこれまでとは違うものに見え・感じられたことと思います。これから、それぞれの立場で改めて新しい日常をどう作るかが問われています。私自身は、コンピュータでいうと、OS(オペレーティングシステム)が全く新しく更新された/更新した感覚があります。

さて、今回の事態では3月の時点で、オンライン上で商用コンテンツの無料利用(教育関係を含む)が少なからずありました。日を追って増えたように思います。これには少なからず驚きました。今後、少なくとも学生までの段階では、よりオープンな非商用学習システム構築の始まりかもしれない、と思えたからです。「何か変わるかもしれない・・・」と今も感じています。ただし、私の事実誤認の可能性もあります。

 最後になりますが、卒業生の皆様もお変わりありませんか。もしかしたら、医療・介護系の現場、会社の仕事、大学生の活動で困難な状況にある方もいらっしゃるかもしれません。皆様のご自愛を切にお祈り申し上げます。

あしたのために その19「未来のかけら」5/26

遊佐幸枝(司書教諭)

先日皆さんのもとに「純心生限定学びを応援する図書館サイト開設」告知メールを届けました。あれは、私の強い焦燥感と危機感から生まれたものです。

休校延長が決まった4月初旬、誰もいない中学図書館で私はひとり焦っていました。「授業で図書館は使われない。貸出もない。生徒が登校できないのだから仕方がない。しかし、これで良いのか。これは思考停止ではないのか。生徒と資料(情報)との間にしっかりとした梯子を架けるという学校図書館の役割の放棄ではないのか」と。コロナ禍は私の当たり前を覆し、新たな何かを作り出せと迫りました。

これからの未来がどうなっていくのか、誰にもわかりません。でも、未来は突然湧き出るものではなく、現在と地続きであることは確かです。皆さんもこの環境下で何ができるか、試しながら考え続けてください。その行為は、皆さんの「未来のかけら」かもしれません。

 

※ただいま電子図書館システム導入に向けて準備を進めています。詳細が決まり次第、お知らせします。

 

あしたのために その18「青い鳥」5/23

関谷明美(美術科)

 

メーテルリンク作『青い鳥』の劇を幼稚園でやったのを覚えています。もうはるか昔ですが。

チルチルとミチルは、「幸せの青い鳥」がすぐ身近な鳥籠の中にいたのに、なぜ気づかなかったのでしょう。
見ていないから、見えてないから、見ようとしないから。
でも、それが普段のわたしたちかもしれません。

日常が非日常となっている今は、身近にいる「青い鳥」をさがすチャンスだと思います。
つらい日々の中で見つけた「小さな発見」「小さな驚き」「小さなよろこび」を、コロナ禍が終息した後にも「あの時、気がついてよかったなぁ」と忘れずにいたいです。小さな価値に気づく機会を得られたのなら、休校期間もつまらないだけではなかったと思えるのではないでしょうか。

今この時を大事に過ごすことが、これから先の日常をより豊かなものにしてくれると、希望をもって前に進んでいきましょう。

 

あしたのために その17「アナグラム」5/21

高田令子(国語科)

 

アナグラムを知っていますか?単語や文の文字を並べかえて、別の意味にする言葉遊び、それがアナグラムです。

中学生の頃、Listen(聴く)という単語のスペルを覚えるのに苦労していた私は、ふとしたきっかけで、この言葉の文字を並べかえると、Silent(静かな)というアナグラムになることを知りました。——たった一つの言葉から、新しい世界が広がっていく——その時の新鮮な驚きを、今でもよく覚えています。

アナグラムの達人である石津ちひろさんは、「あしたのあたしはあたらしいあたし」という詩で次のようにうたっています。

 

  あしたのあたしは
  あたらしいあたし
  あたしらしいあたし
  あたしのあしたは
  あたらしいあした
  あたしらしいあした

(石津ちひろ『あしたのあたしはあたらしいあたし』理論社より)

 

小学校の教科書にも掲載されているので「知ってる!」という人も、初めて読んだという人も、一日の終わりにこの詩をゆっくり、大きな声で朗読してみてください。「あたし」と「あした」が組み合わされた短いこの詩の中に、たくさんの未来や希望が満ちていることに気づくはずです。

学校再開まであともう少し。新聞やテレビの報道に一喜一憂する日が続く今だからこそ、あせらず、自分自身や周囲のできごとに思いをめぐらしてみましょう。そして今日一日をせいいっぱい生き、「あたらしいあした」を、「あたしらしいあした」を迎えることができますように。

 

あしたのために その16「視座」5/19

中島英宣(社会科)

 

こんにちは、社会科の中島です。高校3年生の担任で吹奏楽部の顧問をしています。今日は、特にこの春から新しく純心生になられた皆さんに向けてお話ししますね。私たちは皆さんとお会いできる日を心待ちにしています!もう少しの辛抱です。必ずその日はやってきます。明けない夜はありません。
先の見えない不安な日々が続いています。気持ちが落ち込むこともあるでしょう。こんな時は、ぜひ「見える何か」に取り組みましょう。家のお手伝いでも、読書でも、犬の散歩でも結構です。私たち学校から送られるさまざまな課題や動画授業もその一つです。「見える何か」に具体的に取り組んでいく中で、人はだんだんと落ち着きを取り戻し、自信を回復していくものだと思うのです。

こんなお話があります。ご存じの方も多いでしょう。

 <二つの大きな町に挟まれたオアシスに、一人の老人が座っていた。通りかかった男が老人に尋ねた。
「これから隣の町に行くのですが、この先の町はどんな町ですか?」。老人はこれに答えずに聞いた。「今までいた町は、お前にとってどんな町だった?」。男はしかめっ面をして言う。「たちの悪い人間が多くて、汚い町ですよ。だから、隣の町に行ってみようと思ったんです」。老人はこう答えた。「お前がそう思っているなら、隣の町も、たちの悪い人間が多い、汚い町だろうよ」。
しばらくすると、さっきの男が来たのと同じ町から、別の男がやってきた。その男はさっきの男と同じように老人に尋ねた。
「これから隣の町に行くのですが、この先の町はどんな町ですか?」。老人はこれに答えずに聞いた。「今までいた町は、お前にとってどんな町だった?」。男はにこやかに答えた。「親切な人が多くて、きれいな町です」。老人はこれを聞いてこう言った。「なるほど、お前がそう思うなら、隣の町も親切な人が多い、きれいな町だよ」。 (戸田智弘『ものの見方が変わる 座右の寓話』2017年ディスカヴァー・トゥエンティワン)>

では皆さん、厳しい毎日ではありますが、「今日のうれしかったこと!楽しかったこと!よかったこと!」を、何でもよいので毎日1つずつあげながら、その日を待ちましょうね。純心があなたにとって、すてきな町でありますように・・・。

 

あしたのために その15「ただ歩く」5/16

佐東八千代(数学科)

 

「散歩」  

 ただ歩く。手に何ももたない。急がない。
気に入った曲がり角がきたら、すっと曲がる。
曲がり角を曲がると、道のさきの風景がくるりと
変わる。くねくねとつづいてゆく細い道もあれば、
おもいがけない下り坂で膝がわらいだすことも
ある。・・・・・・
・・・・・・曲がり角をいくつも曲がって、どこかへ
ゆくためにでなく、歩くことをたのしむために
街を歩く。とても簡単なことだ。とても簡単な
ようなのだが、そうだろうか。どこかへ何かを
しにゆくことはできても、歩くことをたのしむ
ために歩くこと。それがなかなかにできない。
この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単な
こと。    (「深呼吸の必要」長田 弘より)

 

ただ歩く。
目に見えぬ怖いものがあっても、
気持ちが沈んでも、
この世でいちばん難しい、いちばん簡単なこと
を思い出す時間にしてゆきたい——ですね!!

 

あしたのために その14「『不要』に見えるものの価値」5/11

三田浩子(英語科)

 

「ええい、必要を論ずるな。どんな卑しい乞食でも、その貧しさのなかになにかよけいなものを持っておる。自然の必要とするものしか許されぬとすれば、人間の生活は畜生同然となるだろう。」(シェイクスピア『リア王』第2幕第4場 小田島雄志訳)

『リア王』の物語の中で、領地を娘に譲ったリアは、娘の屋敷に従者100人を連れて世話になりに行くことにしていました。しかし、娘はリアにも従者にも手を焼き、「従者など必要ないでしょう」と咎めた場面で、リアが上の言葉を述べます。

新型コロナウィルスの蔓延で、「不要不急」の外出を避け、学校も休業、イベントは中止でさまざまな店も休業となっています。世の中が「自粛」でおおわれ、誰もがある種の制限の中で生活しています。ウィルスとの戦いで自分たちの命を守るために、これはもちろん仕方のないことです。一人ひとりが協力しなければ、大切な人の命を危機にさらすことになります。

この生活の中で、上のリア王の台詞を思い出しました。自粛の中で私たちが犠牲にしているもの、それは芸術に直接触れることや、スポーツをすること、楽しいお出かけや友だちとの何気ないお喋りなどです。こういったものは、ウィルスから命を守るうえでは危険を生じさせる可能性があり、しかもそれが無くても日々の生活は最低限維持できるので、「不要」のカテゴリーに入れられたのです。しかし、本来それらは「不要」などではなく、人間が人間らしく生きる上では不可欠といえるものです。クレモナの「屋上のヴァイオリン」はそのことを如実に物語っています。最近耳にする自粛疲れとは、こういったものを我慢し続けていることから生じるのだと思います。ですから、今回、こういった「不要」に見えるものの価値を再認識した人たちも多いのではないでしょうか。

私たちが一日も早く元の生活に戻れるように祈りながら、そして皆さんが再び学校生活を楽しめる日を心待ちにしながら、今日も自粛の一日を過ごそうと思います。 

 

あしたのために その13「母の日」5/9

清水萌子(国語科)

 

「自分を贈る」 谷川俊太郎

 母の日に
 花を贈るのを忘れてもいい
 母の日には
 あなた自身を贈ればいい

 あなたが誕生した日
 母はあなたに世界を贈ってくれた
 この世界のどこかでずっと
 母はあなたとともに生きている

 たとえいま母と不和でも
 卑下することはない
 あなたはあなたを生きている

 母の日には花も言葉もなくていい
 これまでもこれからもあなた自身が
 かけがえのない贈り物なのだから

(『with』6月号 講談社より)

 

先日発売された女性ファッション誌に掲載されている、母の日をテーマにした谷川俊太郎さんの詩です。母の日は「日頃の母の苦労を敬い感謝の気持ちを表す日」とされていて、毎年多種多様なイベントが行われていますが、世の中には様々な家族の形があり、複雑な気持ちを抱えながらこの日を迎えている方もいらっしゃいます。そんな中この「自分を贈る」という詩は、「母」と「わたし」の関係がどのようであっても命の繋がりは途切れないということ、そして「わたし」の命こそが「かけがえのない贈り物」なのだということを気づかせてくれます。
5月10日。先のなかなか見通せない不安な日々の中で迎える今年の母の日は、感謝を伝えるための花や物を贈ることはできないかもしれません。けれど、このような時期だからこそ、今ある命をあしたに繋ぐ、という1番大切なことを改めて思い起こしながら、母の日を大事に過ごしたいと思います。

 

あしたのために その12「何でもやってみよう」5/7

岡 貴之(理科)

 

休校が延長され、残念な思いをしている方も多いのではないでしょうか。特に受験を控えている高校3年生にとって、多くの不安を感じつつの日々は、本当に大変だと思います。休校期間も2ヶ月が過ぎ、外出もままならない状況下では、平時の日常生活がいかに尊いものだったのかを思い知らされます。しかし、最近少しずつではありますが、新型コロナウイルスの新規感染者数が減少してきており、出口もようやく見え始めてきました。その日のためにもう少しだけ辛抱しましょう。

さて、その日のために、皆さんにしておいてほしいこと。それは「やれることは何でもやってみる」という姿勢をもつことです。学校の勉強もそうですが、何でも効率的にやろうとし過ぎていませんか。一見、効率的にやるのはよいこと、理想的なことのように映りますが、そこから得られる経験値は実はそう多くありません。別に、物事を効率的にやることを否定するつもりはありませんが、将来の糧となる経験を積み重ねいく必要がある皆さんにとって最良の方法だとは言えません。それよりも、たとえ失敗したり、無駄になったりしたとしても、様々なことにチャレンジし、遠回りしたことで学べる事、得られる事はたくさんあり、それこそが皆さんの将来の糧となるはずです。今は外出自粛という制限がありますが、家に居たってやれることはあります。休校で比較的時間のとれる今だからこそ、面倒くさがらずに何でもやってみて下さい。次にあげる言葉は、リチウムイオン電池開発の功績により、昨年12月にノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏のものです。

“無駄なことをいっぱいしないと新しいことは生まれてこない” 

 

あしたのために その11「ペイ・フォワード」5/2

嶋﨑芳(数学科)

 

キャサリン・ライアン・ハイドという作者の「ペイ・フォワード」という本があります。私が持っているのは、角川文庫版ですが、日本で最初に刊行されたのはちょうど2000年です。生徒のみなさんは、まだどなたも生まれていない年です。映画にもなったので、保護者の中には、お聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれません。

あらすじは以下です。
カリフォルニアの小さな町の12歳の少年トレヴァーが、社会科の先生から宿題を出されました。「世界を変える方法」という宿題に、思いついたアイディアが「ペイ・フォワード」。トレヴァー曰く「ぼくが3人に何かいいことをする。彼らがお返しをしたいと言ったら、それを他の人に返してもらうんだ」。この計画の成功の鍵は、「人を信じること」。これ以上書くと、ご自分で読むときにおもしろくないので。

曽呂利新左エ門の米粒(気になる方は調べてみて下さい)を超えるスピードで、1人→3人→9人→……と親切を受ける人が増えていくのです。幸せになる人が増えていく、と言い換えてもいいでしょうか。
自分に親切にしてくれた人にお返しする「ペイ・バック」は行いやすいのですが、これでは、親切のやりとりは往復すると完結してしまいます。(キツネの母さんとタヌキの母さんが互いにお返しを繰り返す「おかえし」という絵本もありますが、この話は置いておきます。)他の誰かに返すことによって、幸せな気持ちが世界に大きく広がって行きます。
トレヴァーを「いいな。」と思うところは、人に親切にする一人目の人は「ぼく」なんです。一人目の人は、親切にするだけなのでちょっと損なのですが、トレヴァーはそんなことは考えていないのですね。

家にいるこの時期に誰かのためにできることを考えてみると、外に出られるときよりも思いつくことは少ないのですが、私たちが毎日「今日1日健康に、その日にするべきことを当たり前に行う」ことが、少なくとも家族を安心な気持ちにさせることにはつながっていくでしょう。登校して勉強したりクラブ活動をしたり友達と話したりすることが「日常」であるならば、今は明らかに「非日常」です。この「非日常」の毎日を、いかに「日常」の生活に近づけるかが、「あしたのためにするべきこと・できること」であると思います。この状況の中で、平常心を保つことは簡単なことではありません。ストレスも溜まりますし、数学の課題を出される方がよほど楽なことだとは思います。無理して心を落ち着けることに意識を集めるよりも、落ち着かない気持ちのままでも、その落ち着かない気持ちをそのまま受け止め(ちょっと横に置いて置き)、1日にするべきことをいくつか決めてまず行う(やる気は起こらなくても動く)ことの方が、実はうんと簡単です。読書や趣味でも、勉強でも、お手伝いでも。予定を多くしすぎないことがポイントです。今日をなるべく普通に大切に過ごすこと、そして、いつか人のためにするべきことに出会った時にそれができるだけの力を蓄えることを、「あしたのために」行いましょう。
時間がたっぷりある今、私たちも「世界を変える方法」を考えてみるのも面白いですね。

「屋上のヴァイオリン」、何人もの方がお聞きになったのですね。心から人を思う気持ちは周囲の人にしっかりと伝わるもの。自分にできることで誰かを支えることができる、素敵なことですね。

 

あしたのために その10「屋上からのヴァイオリン」4/30

今尾美枝子(社会科)

 

皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
驚きました。前回の星島先生にも印象的なニュースだったのですね。やはり私たちは音楽を愛する者でした!私からも伝えさせて下さい。

連日、新型コロナウイルス感染拡大のニュースが国内外から入り、気持ちのふさぐことの多いこの頃です。国によっては、医療崩壊も現実化しつつあり、休みなく患者の治療にあたる医療従事者の方々の悲痛な声も聞かれるようになりました。
そんなある日、夜のニュースに、私はくぎ付けになりました。
イタリア北部の都市、クレモナ。夕暮れ時の街中に、ヴァイオリンの音色が美しく響き渡っているではありませんか。見れば、感染拡大の最前線となっている病院の屋上で、ひとりのヴァイオリニストが、あざやかな朱色のドレスに身を包み、一心に演奏する姿がありました。クレモナ在住の日本人ヴァイオリニスト、横山令奈さんです。
高さ約30メートルの屋上からは、かわいらしい家並みや町の象徴である鐘楼が、夕日を受けて浮かび上がり、一方で、病院の窓やバルコニーから、防護服姿の医師や看護師が次々と身を乗り出して、演奏に聞き入っていました。その医師たちの表情が、一瞬にしてやわらかくなり、あたかも全身にヴァイオリンの響きを吸い込んでいるような姿に私は感動しました。
人口約36万人のクレモナ県では、4月15日までの感染者が5000人を越え、多くの方が亡くなっています。その医療現場で、死と隣り合わせの任務に日夜立ち向かう医師たちに、この日のヴァイオリンの生演奏は、やすらぎと力をもたらしたのではないでしょうか。聞けば病院の発案で、屋上での演奏が実現したとのことでした。さすが芸術の国、イタリアです。
各国で「不要不急の外出を控える」という非常事態のもと、コンサートは軒並み中止となり、音楽家など芸術家は、今や活動の場を失っています。
しかし、音楽がどれほど人間にとって必要なものなのか、このクレモナのヴァイオリン演奏のニュースを見て、あらためて感じています。私の目や心にも、美しい街の夕暮れの光景とヴァイオリンの響きは、大地にしみこむ水のように、ゆたかに、喜びをもってゆきわたり、勇気が湧いてくるようです。医療従事者でもない、ただの住民の一人なのですが。

さて、私たちの多くは、彼女のように素晴らしい演奏の腕前をもっていません。それでも、だれかの心をあたたかくすることは、できるのではないでしょうか。先日、生徒からのメールの返信の「先生方もお体に気をつけてください」という一言に、心がほっこりしています。

 

あしたのために その9「共感力」 4/27

星島三智子(英語科)

 

先日、テレビのニュースを観ていた時、美しいヴァイオリンの音色に一瞬で心を奪われました。それは、イタリアのクレモナに住むある日本人ヴァイオリニストが、コロナの感染者が多く運ばれてくる病院の屋上で演奏した時の様子でした。彼女はインタビューの中で「医療従事者への感謝と、患者たちが再び音楽や芸術を楽しめる日が来るよう祈りを込めた」と述べていました。

私は彼女の演奏を聴きながら、過酷な状況にある方々を励ましたいという優しい気持ちと、なんとしてもコロナに打ち勝つという強い意思のようなものを感じました。音というものは目に見えない存在ですが、不思議とその人の感情や思いが楽器を通して相手に伝わるものです。この演奏で、どれだけ多くの方々が勇気づけられたことでしょう。言葉で説明することは難しいのですが、私にとってはその響きが、暗闇に差す希望の光のように感じられました。

 今世界を見渡すと、様々な問題が山積しています。不安からくる怒り、憎しみ、悲しみ、そして差別…。自分さえ良ければそれでいい、という考えがいつのまにか人々を支配しています。

しかしながらその一方で、相手の気持ちに寄り添いながら、人知れず美しい行動を起こしている方々もたくさんいらっしゃいます。

純心の創立者江角ヤス先生は、次のようなお言葉を私たちに遺してくださいました。

「大急ぎで相手の立場に立ってみる」

このような時期だからこそ、互いに気持ちに寄り添い合いながら、日々を過ごしていきたいものですね。

最後に、毎週朝礼で唱えている「平和を求める祈り」を載せておきます。新入生の皆さんは初めて目にするお祈りかもしれませんが、是非言葉の意味をひとつひとつ味わいながら、読んでみてください。では、お会いできる日を楽しみに!

 

神よ、わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、いさかいのあるところにゆるしを、分裂のあるところに一致を、
疑いのあるところに信仰を、誤っているところに真理を、絶望のあるところに希望を、
闇に光を、悲しみのあるところに喜びを、もたらすものとしてください。
慰められるよりは慰めることを、理解されるよりは理解することを、
愛されるよりは愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、与えるから受け、ゆるすからゆるされ、自分を捨てて死に、
永遠のいのちをいただくのですから。

 

あしたのために その8「ウイルスって何?」 4/25

森 弘美(理科)

 

世界中で多くの方が傷つき、亡くなり、悲しい思いや不安を抱き、日常生活にも規制がかかるこの頃は、まるで第三次世界大戦のようです。そう、ヒトと新型コロナウイルスの。

さて、ウイルスとは何なのでしょうか。「大腸菌」「寄生虫」「エイリアン」…いろんな答えが返ってきそうです。流石に報道などで紹介されているから、わかっている方もたくさんおられると思いますが、ちょっと敵を知りましょう。

『動的平衡』などの著書で知られる、現在青山学院大学教授で生物学者の福岡伸一さんは、「ウイルスとは電子顕微鏡でしか見ることができない小さな粒子で、生物と無生物の間に漂う奇妙な存在だ」とおっしゃいます。大きさの比較をすると、「ヒトの細胞が握りこぶしくらいなら、細菌は米粒くらい、そしてウイルスは鉛筆で書いた1つの点くらい」ということですので、めちゃくちゃ小さい!そんな小さな存在が、どうやって私たちを脅かすというのでしょう。それは、ウイルスの悲しい(?)定めにあります。ウイルスの体は、タンパク質の殻の中に遺伝物質(DNAやRNAなど)を含むだけの小さな粒子で、自ら増殖できません。ここが無生物たるゆえんです。塩の結晶みたいなものです。しかし、ウイルスの殻の表面にある構造に適合するほかの生物の細胞があると、その細胞の中に入り込み、自分を複製して増殖するという性質を持っています。ほかの生物の細胞に間借りしてではありますが、仲間を増やすといったところが、生物的なのです。細胞の中で増殖したウイルスは、やがて間借りしていた細胞を壊して外に出、また近くの細胞に入り込んで増える、こんな生活をするのがウイルスです。こう突き詰めていくと、どうやらヒトは新型コロナウイルスに選ばれた存在、ということになりそうです。(勝手に私たちの細胞を壊して増えていく!許せん!)

でも、なぜ、このようなウイルスが長い進化の中で絶えることなくヒトやほかの生物と一緒に存在しているのか……、それを語るには、この紙面は狭すぎますので、どうぞ先に挙げた本をお読みになってください。とても面白いです。

ウイルスに感染した人々を救う、ウイルスを壊す薬を開発する、混乱した社会を立て直す、日々大変なご苦労をなさっているたくさんの皆さんに感謝しつつ、私たちもできること、Stay Home だったり、三密を避ける、手洗いなど、しっかりと行動していきましょう。

 

写真は純心のメタセコイアです。柔らかい芽吹きの色が素敵です。

 

あしたのために その7「明日は新しい日」 4/22

 森 扶二子(英語科)

 

皆さん、いかがお過ごしですか。
純心では、八重桜が散りはじめ、早くも鮮やかなピンク色のつつじが咲き始めています。
シスターたちも皆元気です。皆さんの健康のため、またこの感染拡大が一日も早く終息するようお祈りしています。

今日はわたしの好きな言葉を紹介します。

 

“Marilla, isn't it nice to think that tomorrow is a new day with no mistakes in it yet?”
「マリラ、明日がまだ何ひとつ失敗しない新しい日だとおもうとうれしくない?」
       (『赤毛のアン』村岡花子訳 第二十一章 アンの言葉より)

 

『赤毛のアン』の一節です。休校期間中、皆さんは今だからできることに励んでいらっしゃることでしょう。そんな中、自分で計画した学習がうまくいかないとか、ずっと家にいるためにストレスがたまって、家族とけんかなど、していませんか。とくに、自分の理想像と自分自身がかけ離れていると、落ち込んだり、焦ったりするものです。そんな時救ってくれるのがこの言葉。毎日失敗ばかりしていたアンが里親のマリラに語った前向きなひと言です。
人生は思うようにならないことが多いですね。今の世界もそうです。でもその中で一歩でも前進できるように、自分にできることを何か1つ決めて挑戦してみてはいかがでしょう。どんなにうまくいかない日があったとしても、次の日にはまた「新しい日」が巡ってきます。気持ちをあらたに、日々の学習、家の手伝いなど励んでいきましょう。毎日の「新しい日」が積み重なって、自分の「新しい世界」が広がっていくように。
健康に気をつけて、家で有意義にお過ごしください。

 

司教団が認可した「新型コロナウイルス感染症に苦しむ世界のための祈り」をご紹介いたします。

https://www.cbcj.catholic.jp/2020/04/03/20535/

森扶先生

 

あしたのために その6「心のチャイム」 4/20

立川朱見(保健体育科)

 

みなさん、お元気ですか。

これは単なる挨拶ではなく、ほんとに体調がどうかを尋ねています。一日中家の中にいる状態がかなり長い間続いています。運動不足やストレスが多くなっていることでしょう。私も、仕事をしていても授業がないとかなり身体を動かす量が減っています。みなさんも課題が沢山出ていて、机に向かう時間がつい長くなっていることでしょう。そこで、やはり自分なりの心身の健康状態を保つ工夫が必要ですね。

前回の高橋先生の時に出てきた「私たちも陽の光を十分に浴びて」は実生活の中でも実行したいところです。お日様の光を浴びることは重要。そして、体育科としては少しのストレッチでもいいので合間に身体を動かしましょう。肩こりや腰痛の予防にもなります。

また、自宅では学校のようにチャイムは鳴らないでしょうから、自分の心のチャイムを鳴らしてみましょう。朝起きる時間から、食事、勉強、スマホ、休憩、入浴、就寝の生活リズムのためのチャイムです。私は最近、読書の時間のチャイムを鳴らしています。短時間ですが、学校の図書館で借りた本を読んでいます。普段、仕事や家事でぎゅうぎゅうの生活でなかなか時間がとれなかった私にはリラックスしてわくわくする時間です。

みなさんも是非やってみてください。

みなさんが安全で健康な毎日が送れることを祈っています。

 

立川先生

 

あしたのために その5「陽の光を浴びながら」 4/18

高橋 正(国語科)

 

こんなに長い春休みは、私にもはじめての経験です。皆さんのいない校舎の中から静まり返った校庭を眺めていると、あたりまえと思っていた生活が、あたりまえではなかったということに、今更のように気づかされます。

先日、学校へ出かけようとして、車を止めている駐車場へ向かいました。私が借りているその駐車場は、今時珍しく地面が舗装されていないのです。車に乗り込もうとして、ふと足元に目をやると、大地にしっかりと根付いた葉の中から、スミレの花が咲いていました……。私は腰を下ろし、今更のように改めて、その花を眺めました。よく見ると、その花びらは紫一色ではなく、陽の光によって淡く映えるところ、その紫を一層強めるところがあり、本当に綺麗な色合いでした。花びら一つひとつにも淡い筋模様がついています。その中心から何本も可愛らしい蕊(しべ)が伸びていました。

「何てキレイなんだろう!」私はしばらくの間、その小さな花に見惚れていました。誰に見られることもなく、春の生命を力いっぱい咲かせているその姿に、今頃一人ひとり頑張っている皆さんの姿が重なって見えたのです……。背中に陽の光を浴びながら、私はそこで何とも心温まるひと時を過ごしました。

今できることを精いっぱいなすことが、「あした」に繋がることなのです。私たちも陽の光を十分に浴びて、心身を成長させてゆきたいものです。この春の長い休みを、「あしたのわたし」のためのエネルギー充填期間とできればいいのになあ。……そう考えながら、私はそのスミレの花を、昨年は同じ駐車場の違う場所で見かけたことを思い出したのです。私は記憶を頼りにその場所へ行ってみました。すると、果たして、そこにも可愛らしいスミレの花が咲いていました……。

 
高橋先生

 

あしたのために その4「いまを知る」 4/15

中村 剛(社会科)

 

みなさんは今、どんな毎日を過ごしていますか。この1か月半で、学校に通っていた日常とは、大きく変わってしまいました。2011年3月11日に発生した東日本大震災。このとき被災地となった地域で暮らしていた方々が、口々に「普通の生活がしたい」とお話しになっていたことを、私は強烈に覚えています。昨年発生した、台風や豪雨によって被害を受けた地域の方達も、また同じでした。現在のこの状況も、「普通」とは違っています。でも、一日でも早く「普通」に戻れるように、今できることをやりましょう。その一つが、「いまを知る」ことだと私は思っています。テレビのニュースを、定期的に見ましょう。新聞には毎日、目を通しましょう。インターネット上に流れた噂やデマに惑わされず、いまを正しく知って、冷静に判断・行動しましょう。正しく恐れ、正しく対処しましょう。

先日、第一体育館に行ってみました。静まりかえった体育館の床に、うっすらとほこりがたまっていました。このほこりの厚さが、休業期間と比例するのか、と少し切なくなりました。みなさんと一日も早く、学校で、第一体育館でお目にかかれることを、楽しみにしています。毎日よく食べ、よく寝て、よく勉強し、すこし体を動かしましょう(バドミントン部員は毎日筋トレ必至!!)。また、笑顔で会いましょう。

最後に、文中に出てきた「デマ」って、元々はどこの国の言葉で、どんな意味か、知っていますか? また、校長先生の文章に出てきた、「言い出しっぺ」の“ぺ”ってなに??

では次の言葉は元々、どこの国の言葉で、どんな意味(語源はなに)? 知らない方は、調べてみる?

①「デマ」 
②「さぼる」  
③「アンケート」   
④「サハラ」砂漠  
⑤「イクラ」 
⑥「チゲ」鍋  
⑦「シティ」(都市) 
⑧「ポンコツ」

 
中村先生

 

あしたのために その3「夢」 4/13

吉田かおる(理科)

 

予想以上に長い休校で、学校は皆さんがいなくてとても静かで寂しいです。生物室のキンギョやメダカも皆さんの姿が見られなくて、つまらないことでしょう。(いや、穏やかな毎日が送れているかも?)

 あしたのために、私からの一言「夢」

 休校、外出自粛で活動が制限される毎日。でも、考えることはどこででもできるはず。ぜひこの時間を自分探しの機会にあててください。将来自分は何がやりたいのだろうか...「夢」が見つかれば、自然と今やるべきことが見えてくることでしょう。やらされている感でいっぱいだった勉強も、自分から取り組めるようになるのではないでしょうか。

「ジャイアント・ピーチ」という映画を紹介します。男の子が虫たちとお化け桃に乗ってニューヨークを目指す冒険のお話です。たどり着いたのはエンパイアーステートビルのてっぺん。集まった人たちに事情を話すときのセリフが心に残ります。「はじめはただの夢だったかもしれないけど、何でもそうじゃない?あのビルも、ネオンも、この街もみんなはじめは誰かが夢を見たんだ。・・・」

確かに!夢を見るから実現し、新しいことが生まれる、始まる。夢を見るから夢は叶う。どんどん夢を見ましょう!

 
吉田先生

 

あしたのために その2「希望」 4/11

八嶋 政明

 

今日は私が、「希望」について一言。

みなさんは、進路や勉強、部活動等どのような夢や希望をもっていますか?明日の希望を実現するために、イマできる事を行っているかと思います。でも、頑張っているのに、うまくいかない時もあるのでは?その時は、一度立ち止まって、うまくいかない原因を考えてから、再チャレンジして欲しいと思います。そして、そのような時、僕は「七転び八起き」という言葉を心に浮かべてみたりもします。「何回転んでも、また起き上がればいいじゃん」って。この言葉が、気持ちを楽にさせてくれる事もあります。ただ、うまくいかなかった原因を何も考えないでいると「七転八倒」になってしまうかもしれないので気をつけてくださいね。

最後に、「今日は何の日?」のコーナーです。今日は「ガッツポーズの日」です(^0^)

 
八嶋先生

 

あしたのために その1「読書」 4/9

松下 みどり

 

皆さんは『あしたのジョー』という漫画をご存じですか?私が子どもの頃にテレビアニメとして放映されていたので、私世代の人にしか分からないだろうと思っていましたが、この話を先生方にしたときに、なぜか理科のA松先生が笑顔で何度もうなずいて反応してくださっていたので、若い方にも知られているほど有名な作品なのだなと思いました。(A松先生、反応してくださってありがとうございます!)

その『あしたのジョー』のなかで、ジョーを指導してボクサーに育てていく男の人がいて、「あしたのために」何をすべきか、ジョーに一つ一つ教えるのですが、今回、先生方にもご協力いただき、ご自宅で頑張っている生徒の皆さんに「あしたのためにこれをやっておくといい」という話をさせていただこうと思っています。(私が勝手に決めました!)

今日は、言い出しっぺの私が「読書」について一言。

読書のおもしろさは、この長い人生の中でも絶対に体験できないだろうということを、登場人物になりきって体験できるところにあります。(こういう体験を「追体験」と言います。)私たちは「体験」を通して、特に「人間関係」を通して、人や社会、世界、自分自身と新たな出会いをし、成長していきます。

今、「家の中」という限られた空間で生活している皆さんですが、読書によって宇宙にも行けるし、細胞の世界にも入れるし、サスペンスな体験も、大恋愛(!)もできます。この機会に、たくさん本を読み、これまでとは違う世界に触れてみてください。きっと、それは「あしたの私」につながる体験になるはずです。

 

滝山うさぎ

 

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