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B子さんのケース(初志貫徹型)

2009-11-08 13:45

なかなかあるタイプではない。B子さんは、学校教員の免状を入手するという両親との約束を果たすべく上京。私たちの大学に入学した。そして初志をつらぬくべく努力中である。 

前にも述べたが、教員免許を入手するためには、なまなかな勉強ではすまない。人様の前に立つ職業ゆえに当局による規制も多く、教育方法を身につけるには多くの授業に参加しなくてはならない。なかには自分と関係のなさそうな科目もある。どうしても興味がわかない科目や、眠たい科目、つらいのを我慢しての授業参加も多い。自分を統御することが毎日の課題だ。
 
それでも少しずつ勉学がはかどり、面白くなかった授業科目もそのよさが分かり始めてきた。でも彼女を悩ましているのは、つらい勉強や将来に待ち受けている激しい競争などではない。何がつらいかというと「面白そうな科目が自由に取れないこと」。
 
毎日のスケジュールはびっしり授業で埋まっており、免許取得と直接関係がない授業は取れそうもない。大学に入っていろいろな知的刺激に恵まれ、急に世界が広がり始めている。友人たちはいかにも楽しそうに「あの授業」や「この先生」「その学問分野」のうわさ話をしている。すすめられていろいろな本も買ってしまったが、授業と関係がない本などは読む暇もない。このままでは自分を伸ばす機会も限られ、バカな娘のまま大学を終えてしまうのではないかと考えると、居ても立ってもおられない。
 
これも教育する側としては「ニヤリ」のケースだ。「そこ」に気がつくだけで上出来ではないか。
 
これを「無知の知」とか言うのだろうけれども、難しい話はともかくとしても、人間一生かかっても人類の知的財産をぜんぶ習得できるわけがない。立派な学者といえどもそのホンの一部をかじった程度の知識や知恵しか持ち合わせていないのが現状だ。百科全書を丸暗記しても間に合わない。
 
だから「自分の考えることはひょっとしたら重大な欠陥を含んでいるかもしれない」という前提のもとで、ソロリソロリと謙虚に人様の意見などにも耳を傾けながら、前に進もうとするのが本物の学問の態度であった。「オレの言うことには間違いがない」などという御仁がいたとすると、その人はその態度だけでもう怪しい学者だということになる。
 
B子さんはそういう「謙虚」で「不確かな」学問の世界をかいま見ている。バカなままでよいではないか。どっちみち人間は無知な存在であり、永遠に地球のすべてが分かるわけではない。悪魔と取引をしたファウストじゃあるまいし。大事なのは謙虚な気持ちを失わないこと、未知の世界への好奇心を失わないこと、何も知らない自分自身にくじけないこと。
 
B子さんには初志を貫徹して、すばらしい教員になってもらいたい。そしてふるさとのご両親を喜ばせてあげてほしい。それと同時に「読みかけの本」を、大学生時代にいっぱい溜め込んでほしい。いずれ時間ができたら、青春時代をふり返りながら、その本どもを読みすすめて行けばいいのだ。
 
いや、本というのは手にとって開かなくても、畳の上に積み重ねてあるだけで、オーラを発散して、時にはこちらの無知を語り、時には新しい世界を示唆して、ヒトを導いていくものなのだ。大学時代の積ん読(つんどく)は、一生の財産なんだよ。