ここは大学にてそうろう
つい先日のことだ。純心大の学生のご父母のかたがたと、少しばかりお話しをする機会があった。その席で指摘されたことがある。「純心女子大は良い教育を展開しているようなのに、外部にあまり知られていないではないか」「娘の話によると教育内容に大変満足しているらしいのに、それが外部に伝えられていない」「せっかくここに父母が集まっているのに、大学側が大学の説明をあまりしないではないか」。
コンピューター向けのホームページ作成の専門家であるお母さんからの指摘もあった。「せっかく面白いことをやっているのに、それがあまり出ていない」「自分は娘といろいろな大学を物色しているときに、ホームページは重要な情報源であった。純心はせっかくの中身があるのだから、それをホームページでもっと大々的に表現してはどうか」。
このようなことを言ってもらえるのは、大変にありがたいことだ。ご父母は子供を通じて大学の中身が分かっているのであり、そのかたがたがこういう発言をなさるというのは、いわば応援団としての励ましの言葉なのだ。ダメだと思ったらそういう発言が飛び出すわけがない。前向きのあたたかい助言に涙が出そうになった。
だから「うちの大学はすばらしい大学だ」と言いたいのではない。すばらしい大学であることは確かだが、ここではご指摘の宣伝べたであるという事実についてお話しておきたい。それは「大学」なるものが有する負の遺産と関係がある。
大学の負の遺産とは、長年のうちに大学が身につけてしまった「殿様商売」的な考え方だ。だまっていても学生がやってくる時代があった。勉強する意欲のないものも多く、休講などで授業がつぶれれば喜ぶといった始末。大学の授業よりもアルバイトの方が優先するという社会風潮。やる気のない中で、教員は研究にも教育にも熱意を失ってしまう。そんなななかで、大学は「卒業証書製造業=ディプロマ・ミル」と化し、偉そうにしていればそれで「営業」が成り立ったのである。
宣伝どころではない。そのような「はしたない」ことは、大学の品格以下のことがらであった。
これはかつての「護送船団方式」のおかげだ。もちろんこの用語は日本の銀行に対して用いられた。当時の大蔵省のじつに徹底した行政指導や監査が全国画一的に実施された結果、銀行はどれも似通ったような存在となった。当局の指導ゆえに似たもの同士になった銀行集団は、そのまま集団で動いていればよく、何もしないでもそれなりの業績があがる仕組みもできあがってしまった。
大学版護送船団方式は、かつての文部省の指導のもとに出来あがった。そりゃ大学によって多少の違いはあるにしても、どの大学でも8単位の体育の授業があり、8単位の第2語学があった。大学に入ると、一般教育とか教養教育といわれる総合的内容の授業があったが、これも人文科学何単位以上に社会科学が何単位以上・・・・などと細かく規定されていた。
入学時の難易度の違いや名声度の違いはあったにせよ、銀行と同じように全国の大学は似たような顔つきになり、いっせいに動いていればなんとなく安心感があった。北海道から九州まで大学といえば似たり寄ったりの組織だった(沖縄だけはアメリカ占領の影響で異質の大学が存在した)。いわば許認可制度に守られたムラ社会だったのですね。
そのようなムラ社会で、宣伝などを華々しく展開することはルール違反だったのだろう。ひとりよがり、抜け駆け、目立ちたがり、仁義の無視などという汚名を着せられたのかもしれない。
世の中は変わった。許認可の看板だけで商売が成り立つ学校経営は過去のものとなった。教える方も教わる方もテキトウにやっていれば「大学」が成り立つ時代は終わった。学歴無用論なども飛び出し、いまや看板ではなく教育の中身、学生の実質的な成長、教員の人間力などが問われる時代になったのです。
なのに昔のプライドだけは捨てきれずに残っているのです。宣伝などを忌避する気持ちも強いし、その能力も持ち合わせていない。かといって外部から専門家を雇うほど謙虚でもない。時代が変わったのに、「この柿3個1文にて候」などと言っている「商売人」みたいですね(笑)。